4人の子供に恵まれた私にも、流産の経験があります。
それは、3回目の妊娠でした。私は、普段は風邪も滅多とひかないほど病気とは無縁の健康な体の持ち主です。ただ、妊娠出産となると体質的に不育症や習慣性流産とまではいかないけれど、あまり自信がありません。過去の妊娠中に切迫流・早産を経験しなかったのは四男の時だけです。
幻の三人目を妊娠していることがわかった時、転勤に伴う引っ越しの後で、本当に精神的にも肉体的にも疲れていました。そして、出血もあったのですが過去2回の妊娠でも出血したけど無事に生まれたので、たいして心配もしていませんでした。
最初は、茶色いおりもののような出血が日を追うごとに鮮血に変わり量も今考えると異常なほど出ていました。ずっと寝たまま過ごして、トイレに行くぐらいしか起き上がることもありませんでしたが、出血量は日ごとに増えていきました。でも、初期ということもあり病院に行ってもたいした治療も受けられずただただ安静にするように言われただけでした。
最後にどうしてもおかしいと思い、病院に連絡を入れましたが、一人の先生がすべてを見ておられる個人病院で日曜まで診察しておられる病院でしたが、たまたま日曜の午後の休診時間で「病院まで出てくるのも大変でしょうから、明日まで家で安静にしておいてください」と言われたので、言われるがままに家で一晩を過ごしました。
次の日、病院に行きたかったけど車を止めている駐車場まで歩いていくことができず、途方に暮れていた時実家の母に電話で「救急車を呼びなさい」と言われました。正直、そんな理由で救急車を呼ぶなんて申し訳なくて迷いましたが、どうすることもできないので救急に電話をし理由を話すと快く「大丈夫です」と応えていただき、救急車でかかりつけの病院まで搬送していただきました。
病院に到着後、内診してもらった時に残念ながらおなかの赤ちゃんは一緒に出てしまいました。怖くて、悲しくて震えてしまいました。その後、おなかの中に残ったものを出すために手術することになりました。本当は、手術するときは全身麻酔なので何時間も前から絶食だそうなのですが、私は、昼御飯の代わりにお菓子を少し食べていました。結局2時間後ぐらいに手術することになり、私は、病室で待機することになりました。待機している間、生まれたばかりの赤ちゃんの泣き声が近くの部屋から聞こえてくると、胸が苦しくなりました。ちょうど、お産の終わったばかりの妊婦さんもおられたようで、新しくパパになられた方の喜ぶ声も遠くに聞こえてました。
おなかから出てしまった赤ちゃんはホルマリン漬けにされたようです。(内診台で、看護師さんに指示しておられるのが聞こえてしまいました)可哀そうでたまりませんでした。
手術は、無事におわりしばらく休憩した後迎えに来てくれた主人の運転する車で家へ帰りました。
おなかの中に、さっきまでいた赤ちゃんがもういない。その喪失感に、私は後悔するばかりでした。「あの時、安静にしていたら」「この病院にかからなければ」「もっと早く別の病院にかかっていたら」「もっともっと赤ちゃんのことを考えていたら」こんなことばかりが頭の中をぐるぐる回って、ずっと泣いていました。毎日毎日泣きました。何日もたって、元気になってきていても急に思い出してまた泣きました。夜も眠れず、声を押し殺して泣きました。今でも思い出すと泣けてきます。
周りの人は、「若いし、次も頑張ればいいよ」とか「もう二人も子供がいるのだから、できない人よりはずっとましよ」とか言って励ましてくれましたが、その言葉がまた私を苦しめました。
時間がたって、落ち着いて流産について考えられるようになった時、妊娠初期の流産は染色体の異常など育つことのできない理由があって淘汰されいるんだと知りました。でも、「うちの子に限って・・・」なんですよね。流産を経験されている方は結構おられることも知りました。でも、私の周りにはあまりいないんです。母も、妹も。だから、この二人から慰められると逆にイライラして、「経験したことのない人には何も言われたくない」なんて思ってしまいました。
流産の経験のある友達に、どうやって立ち直ったかを聞いてみました。「流産の後、元気な子を産んで、この子に会うために流産はやむをえなかったんだって思うのよ。」と話してくれました。確かにそうです。私も、流産の4か月後に再び妊娠し三男を出産しました。流産しなければ三男は絶対にいませんよね。
時間薬とはよく言ったもので、今はもうこのことで苦しむことはありませんが、この世に生まれることなく天国へ旅立った幻のわが子のことは忘れることはありません。
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